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人生・愛と美の法則
人生・愛と美の法則
人生・愛と美の法則
美輪 明宏, 日本放送協会, 日本放送出版協会

実は今日お誕生日でして。
産休(さんきゅう=39)中に39になり
39という高齢出産で無事産まれた暁には
私のところに産まれてきてくれて
ありがとう(Thank you =サンキュー=39)
と言いたいです(ダジャレづくし)

昔は「あー早く死にたい」が口癖の私でしたが
この年になるともう中年の図々しさが出てきて
孫の顔を見るまでは死んでも死にきれん!
長生きせにゃーと思うようになってきました。
人の親になるからですかね。
29のときは「ああもう私の人生は終わりだ」くらい凹んでたんですが。
たぶん、「早くしないと卵子が腐ってしまう〜〜」とメスの本能で焦ってたのかな。
将来の見えないモトカレとのつき合いに終止符をどうやって打とうか
悩んでいた時期だったし。
でも30になると開き直って、モトカレともすっきり別れて、会社も転職して
一人で心機一転、一から出直すつもりで
合コンに行きまくったり、仕事で徹夜しまくったり、
スノボをやってみたり、ダイビングを始めてみたりと
今振り返ってみれば、それまでの私では考えられないくらいの
はっちゃけぶりの30代でした。
まぁよく考えて見れば、30代は体力的にも金銭的にも
両方充実できる貴重な時期なので、
自分がやりたいことを思いっきりやるのには最適な
人生で一番アクティブになれる時期かも。
孔子は「30にして立つ」と言ってましたが
私も30にしてようやく誰にも頼らず
自分の力で生きていけるようになり、
自分というものを確立していった気がします。

そして数えでいえばなんともう40になるわけですが
孔子も「40にして迷わず」と言っていることですし
私もこの美輪さんの本に習って、
すべては愛と美の法則にかなっているかを考え、
迷わず生きていきたいです。
子供の頃から
「自分はなんのために生まれてきたのか?」
「自分はなんのために生きているのか?」
ということを考えても、さっぱり答えは見つからなかったのですが
この年になってようやく分ってきたような気がします。
それはやっぱり妊娠が大きく影響しているのですが。
「この子を産み、育てるために私は生まれてきたのだ、そのために生きているのだ」
という生物としてごくごく当たり前なことにようやく気がつきました。
でも世の中には子供を産めない人、産まない人ももちろんいるわけで。
血の繋がりは関係ないと思うんです。
先生をしている人は生徒全員が自分の子供と思うべきだし
上司は部下全員が自分の子供と同じ存在だと思うし。
自分が生きてきたすべてをかけて、未来に繋がる何かを産み出し、育てること。
人間じゃなくても、動物でも、発明でも、製品でも、文化でも、
未来が良くなるものなら、なんでもいいと思うんです。
美輪さんも子供は産めないけれど、
両性具有の観音様のような存在で
日本国民全体のお父さん、お母さんのような気持ちで
語られているのが、この本を読んですごく伝わってきました。
| book | 18:23 | comments(2) | prev | next |
陰と陽
ああ正負の法則
ああ正負の法則
美輪 明宏

私は天秤座のせいか、何ごともバランスだと
子供の頃からなんとなく考えていて
美輪さんのこの本の内容はとても共感できるものでした。

光と影
愛と憎
美と醜
正義と悪
幸福と不幸
この世の中のすべての相反することは
お互いがあるからこそ存在する表裏一体なわけで
どちらが欠けても成り立たないし、
どちらも突き詰めてしまうと同じものだと思うわけです。

楽器の弦をゆるめすぎてもいい音はでないし
しめすぎると弦は切れてしまう、
ちょうどいい音が出るようにチューニングするという
仏教の中道はとても共感できる教えです。

あと私は偉人伝みたいなのが大好きでよく読んだりするのですけど
天才であれば天才な人ほど
美人であれば美人な人ほど
凡人には想像もできない苦労や不幸を背負ってたりするんですよね。
凡人な私はそんな伝説を読んだり聞いたりするたびに
「ああ凡人でよかった」と思うんですが。

でも世の中には不条理な事件も沢山あって
何の罪もない人達が不幸な出来事にみまわれたりすると
なんで?どうして?この世に神様なんていないんじゃない?
って思ってしまいますよね。
特に自分が不幸な目にあったりすると
なんで自分だけがこんな目に?
他の人達は平和で幸せそうに暮らしているのに
世の中はなんて不公平なの?
って思ってしまいますよね。

でも世の中に一生幸せな人なんていないと思うんです。
傍目には幸せそうに見えても、人には言えない悩みや苦悩を
誰だって抱えていたりすると思うんですよね。
自分は不幸だと思っていても
他人から見たら幸せに見えるかもしれないし
闇が深ければ深いほど、光りがより輝くように
不幸の中から這い上がった人にしか見えない光が必ずあると思うんです。
昼間の月が見えないように、幸せな中でずっと暮らしてると
自分が幸せだってことに気がつかないと思うんです。

私はカルマの法則を信じているというか
そう思わないとたぶん生きていけないというかなんですが
自分に何か不幸なことが起こったとき
その原因は自分にあるのだと考えるようにしています。
現世で覚えがなくても、きっと忘れているだけで
前世にその原因があったのだろうとか。
もし相手を恨むようなことをすれば
きっとまた来世で同じ酬いを受けるだろうから
前世の行いを反省し、二度と同じ過ちは犯さないと決意することで
無限地獄に落ちないようにしようと考えています。

江原さんは、不幸な運命に産まれた人は
自分の魂をより高めようとするチャレンジ精神の高い人、
勇敢で努力家な人だとおっしゃってましたが
本当にそうだと思います。
不幸になったときに、それを乗り越えて何かを掴むか
それに潰されて腐ってしまうかで
その人のその後の人生が大きく変わってしまうと思うのです。

私はお金持ちでもないし、才能もないし、美人でもないけれど
そこそこ健康で、住む家があって、家族があって、友達があって
食べていけるだけの収入はあって、
ささやかな幸せの中で暮らせていることに感謝しています。
辛いときや、自分が不幸だと思っていた時期もあったけど
それは自分に甘えていただけであって
生死をさまようような本当の地獄は味わってないし、
これからの人生、どんな不運が巡ってくるやもしれません。
でも死ぬときに「我が人生に一遍の悔いなし!」と
羅王のように思えるように生きていきたいです。
| book | 01:04 | comments(3) | prev | next |
スピリチュアル子育て
江原啓之のスピリチュアル子育て―あなたは「子どもに選ばれて」親になりました
江原啓之のスピリチュアル子育て―あなたは「子どもに選ばれて」親になりました
江原 啓之

お友達のt子ちゃんから妊娠のお祝いにプレゼントしていただきました。
ちょうどこの本の存在を知って、読んでみたいなーと思っていた矢先だったので
「これは偶然ではない!」と興奮してしまいました。

江原さんはオーラの泉などテレビでよく拝見していて
いつも優しい口調で相手のことを思い遣る
いい言葉をおっしゃるなぁと思っていたのでした。
霊能者というとなんだか胡散臭いものに聞こえてしまうので
私は、あえて江原さんはヒーラーだと思っています。
ご本人もスピリチュアルカウンセラーとおっしゃってますしね。

私がこの本で一番感動したのはあとがきの部分でした。
江原さんの生い立ちやお母さまのことが書かれているのですが
3歳のときにお父様がお亡くなりになり
母子家庭でお母さまは大変な苦労をなさって
江原さんを育ててくれたそうです。
そのお母さまも江原さんが15歳のときに亡くなってしまうのですが
お母さまは苦労しながらも、いつも太陽のように明るい存在だったそうです。
江原さんが現在スピリチュアルカウンセラーとしてあれだけ活躍されているのは
お母さまが徳の高い方だったからなのだなぁと納得したのでした。

うちの母はAB型のせいか
明るく、さばさばとして豪快な部分と
強がってはいるけど実は寂しがりやで、
自分の不幸な人生を愚痴ってしまう弱い部分と
両方持った人でした。

うちの家庭で太陽のような存在はB型の姉でした。
母のため、私たち兄弟のため、
姉は少女時代からずっと家族を支えるために
犠牲になって働いてきたと言っていいと思うのですが
そのことに対して愚痴のようなことは一言も聞いたことがありません。
いつも姉は明るくて、笑顔で、あっけらかんとしてて
いろんなところに遊びに連れていってくれたり
お誕生日やクリスマスやお年玉や
いつもプレゼントを欠かしたことはないし
遠足や運動会では仕事の忙しい母に代わってお弁当を作ってくれたり
東京の大学に行くときも姉が母を説得してくれたおかげだし
学生のときは毎月仕送りをしてくれたりと
本当に今の私があるのは姉のおかげだなぁと思うのでした。

江原さんは「お母さんは家族の太陽であってください」と書いてあったけど
A型で根暗でテンションの低い私でも
家族にとって太陽のような存在になれますように。
| book | 00:48 | comments(1) | prev | next |
美輪様
紫の履歴書
紫の履歴書
美輪 明宏

ものごころついた頃から美輪様の信者な私ですが
今頃この代表作を読んでみました。
やっぱり美輪様の生き方、考え方、大好き!!!
あの金色のオーラは、子供の頃からの美輪様の人生の積み重ねで
きているのだなぁと改めて実感。
テレビではもちろんのこと、舞台で生の美輪様を拝見したときの
あの迫力と感動が脳裏に甦り、
美輪様の生きてきた背景を知って
ますます説得力を持って心に響きました。
原爆の体験、裸ひとつで上京して仕事もなく泥水を飲むような生活、
病気の父、兄の治療費、腹違いの弟達の学費を稼いで一家を支える生活、
華麗な外見とは裏腹に大変な苦労をされてきたのですねぇ。。

太郎さんもそうだけど、
美輪様も子供を作らなくても、若くして一家を支えてきたということは
もうすでに親の役割を人生の中で果たしていると思うんですよね。
更に太郎さんも美輪様も、その芸術、文化、思想において
日本中の人の精神的な支え、指導、心の豊かさを育んでくれてると思うんです。つまり、日本中の、いやひいては世界中の人のお母さん、お父さんでもあると思うんですよね。

特に美輪様には母性も父性も両方すごく感じられるのです。
うちのおかんとキャラがどことなくかぶる部分もあるのかなぁ。
私には父親がいないので、母が母親役も父親役も両方やってましたからね。

とにかく、この本を読んでますます美輪様信仰に拍車がかかり
CDもアマゾンで注文しちゃいました。
毛皮のマリーや黒蜥蜴の舞台もご存命のうちに観ておきたいなぁ。
| book | 16:22 | comments(2) | prev | next |
かの子さん
仏教人生読本
仏教人生読本
岡本 かの子

岡本かの子さんに興味を持った私は
この本を買って読んでみました。

かの子さんは、歌人、小説家、としてだけでなく
仏教研究家としても有名だったのですね。

かの子さんはこの本で、普段の生活の中で生かせる
大乗仏教の教えを普通の人にも分かりやすく書いています。
難しいことをさも難しそうに説明する人って頭良さそうに見えるけど
難しいことをいかに分かりやすく説明できる人が
ほんとに頭のいい人だと思うんですよね。

私は無宗教ですけど
日本で生まれ育ったので
やはり仏教の考え方が一番しっくりきます。

精神が壊れてしまう一歩手前まで追い詰められ、死をも考えていた
かの子さんは最初キリスト教に救いを求めたそうですが救われず
仏教によって夫婦ともに立ち直ることができたそうですね。

何事にも全身全霊で打ち込む、かの子さんは
仏教に関しての研究に没頭したそうです。
その性格の激しさを太郎さんは受け継いだのでしょうね。

かの子さんの写真を見ると、お世辞にも美人とは思えないし
むしろ妖怪のような風貌なのだけど
夫からも同居する2人の愛人からも観音様と崇拝されていたのは
人間として本当に純粋な方だったのでしょう。

あとがきを瀬戸内寂聴さんが書かれているのですが
寂聴さんが仏門に入ったのも、かの子さんの影響だったということを知って
改めて、かの子さんの偉大さを感じましたです。
| book | 16:33 | comments(0) | prev | next |
太郎さんのお母さん
一平 かの子―心に生きる凄い父母
一平 かの子―心に生きる凄い父母
岡本 太郎

母の手紙―母かの子・父一平への追想
母の手紙―母かの子・父一平への追想
岡本 太郎

私も人の親になるにあたり、
私が敬愛する太郎さんのご両親てどんな方だったのかしら
という興味があり、この2冊を買って読んでみました。

岡本かの子さんについては、
昔テレビの番組でドキュメンタリーをやってて見たことがあるのですが
詩人で作家で、小さい太郎さんを箪笥や柱に縛りつけて
自分は黙々と机に向かって短歌や小説を書いていたり、
愛人を家に一緒に住まわせてくれるように夫に頼んだり
でも夫はかの子さんを観音菩薩として崇拝していた、
などなどエキセントリックな逸話だらけで
さすがあの太郎さんのお母さんだけあって
変わったすごい人だったのだなぁ
と思ったのを覚えています。

でも「母の手紙」を読むと
かの子さんがフランスに留学中の太郎さんにあてた手紙の内容は
エキセントリックなイメージとは違って
どれも普通の息子想いなお母さんの文章でした。
手紙をちょうだいね、とか
こっちはみんな元気でやっているよ、とか。
当時の普通の主婦と違う点は
今度こんな本を出すよ、とか
その本の装丁をお願いします、とか
自分の仕事に対して生き甲斐を持って取り組んでいたところかしら。

かの子さんが亡くなったあと
太郎さんとお父さんの手紙のやりとりは
お母さんに対する愛情が二人ともとても溢れていて
定食屋で読みながらひとり涙してしまいました。
あんなに夫からも息子からも愛されるとは
なんと幸せな方なのでしょう。

「一平 かの子―心に生きる凄い父母」を読むと
太郎さんのご両親は太郎さんを息子としてというよりも
一人の人間として対等に接していたそうです。
太郎さんが小学生の頃から両親と芸術論を対等に議論していたというから
すごいよなぁ。

親子三人芸術家で(お父さんの一平さんは当時大人気の風刺漫画家)
一家で世界一周したり、太郎さんはフランスの大学に行ったり
家は青山だったりと、やっぱお金持ちだったんだなぁと思っていたのですが
江戸っ子だった一平さんは新婚当時はお金を全部交際費で使ってしまい
家にお金を全然入れなくて、食べることもままならず
電気代も払えなくて夜は家の中が真っ暗だったとか。
お嬢様育ちのかの子さんは初めての生活苦に対処できず
実家に帰ろうと思ったら、実家も銀行が倒産して破産してしまい
家にも入れてもらえなかったそうで、
多摩川に身投げをしようかというところまで追い詰められたらしいです。
でも太郎さんを連れていたので思いとどまったそうなのですが。
そんな気が狂う寸前のかの子さんの姿を見て
ある日一平さんははたと気が付いて心を入れ替えたそうなのですが。

一平さんもかの子さん亡き後、戦争で家は焼けてなくなり
田舎に疎開して、晩年は乞食のような生活をしていたらしいです。
しかも若い奥さんと再婚して4人も子供を作ったあとお亡くなりに。
太郎さんは若くして継母と4人の小さな弟妹を
養っていかなくてはならなかったそうです。
戦争から帰ったばかりで自分ひとり生きていくのも
やっとという時代にですよ。
太郎さんも苦労されたのだなぁ。
それで自分の子供は作らなかったのかも。

太郎さんが言うには、自分の子供だとか、自分の親だとかいう
家族主義は心が狭い。
全世界の子供は自分の子供だ、
全世界のお年寄りはみんな自分の親だ、
という考えを持ちなさい、とのこと。
そうだよなぁ、世界中の人間がそう考えることができたら
戦争なんて起きないのに。

太郎さんのあの強烈で猛烈な生き方は
ご両親がやはり命の限り精一杯その一生を生きたからなのでしょう。
太郎さんとご両親も、かの子さんと一平さんも
親子や夫婦という次元を超えて、
人間と人間としての深い関係を築いていったんだと思う。
子供は自分の所有物と勘違いしてしまいがちだけど
一人の人間として全身全霊でぶつかっていくものなのだということを
教えられました。


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